ドラマ版ねこばん

根本勲（伊武雅刀）、60歳。電車の運転士を定年退職して3か月。今日も縁側で時間を潰していた。仕事人間で家庭を顧みず、趣味も無い。定年になってみて思う。なんて退屈なのかと。妻は根本と入れ替わるかのように習い事を始め、昼間は留守がち。根本は自由な時間 の過ごし方を知らなかった。ただ、毎日家にいると、普段気づかなかった事が見えてくる。根本家には、やたら「スキマ」があった。家具の配置がおかしいのだ。タンスも棚も、微妙に壁から離してレイアウトされている。一体何のために？そして、家にいて初めて知った事。この家には、毎日のように、猫がやってくるのだった。

根本勲は、今日も妻の言いつけで家の掃除をしていた。生真面目な性格ゆえ、適当に仕事を済ますことが出来ない。根本は入念に掃除をする。そこに今日は二匹の猫がやって来る。いつも仲むつまじい二匹。根本は、つい観察してしまう。何をするにも一緒。きっと夫婦なんだろうと思う。遊ぶのも、寝るのも、そして根本家にある、家具と壁の「スキマ」が好きなことも一緒。夫婦はいつも一緒。そんなことをぼんやり考える根本だった。

今日もいい天気だ。庭に植えた野菜の種はまだ芽を出さない。会社を辞めて以来、何かを待つことが多くなった。これまでは人生など待ってくれないと言い聞かせて生きてきたのに。今日は、親子連れの猫がやって来た。呑気な親子を見ていたら、嫁いで行った娘の事を思い出す。 結婚式の時、感謝の言葉すらなかった娘。 根本は、意を決して、これまで入った事のなかった娘の部屋へ足を踏み入れる。

仕事を退職して以来、根本は電話が恐くなった。家で留守番をしていて、電話が鳴ると、トイレに隠れた。 かつてはこんなことはなかったのに。トイレに居ると、小窓から子猫が入ってきた。 いつも同じ所をぐるぐる回っているドジな猫。 根本は「グルグル」と名づけていつもの様に観察を始める。 ただひたすら同じ事を繰り返す子猫の必死さに、根本は忘れかけていた何かを感じた。

時刻表がバイブルだった。 鉄道員だった根本にとって、それは隅から隅まで暗記してしまうほどの聖書。 引退した今も、たまにこうして眺める。これこそが根本にとってのルールであり、根本の人生そのものだと思っていた。そんな時、一匹の猫が大事な時刻表を引っ掻き始めた。怒鳴って追っ払う根本。クシャクシャになった時刻表を大事にしまう。だが、こんな物、今の私に何の意味があるのか？ふとした疑問が根本によぎった。

今日も暑い。根本は娘婿にもらった扇子をあおいでいた。かつての部下。なんとも冴えない男だった。あんな男となぜ娘は結婚したのだろう。と、今日は白く太った猫がやって来た。 根本が密かに「ダイフク」と呼んでいる猫。これが娘婿にそっくりだった。 とにかくトロい。だが、娘婿をみているとイライラするが、こいつを見ていると… 根本は、ダイフクに夢中になっていく。