毎年1月14日に行われる注連縄や正月飾りを炊き上げる神送りの行事「どんと祭」。現在、県内各地で行われているどんと祭だが、藩政時代には仙台市の大崎八幡宮でしか許されておらず、大崎八幡宮では今も「松焚祭 (まつたきまつり)」としている。神を送る火は「御神火 (ごじんか)」と言われ、この火にあたると心身が清められ、一年間無病息災、家内安全の加護を得られると伝えられている。この御神火を目指して参拝する「裸参り」があり、これは酒杜氏が醸造の安全、吟醸祈願のため参拝したのが始まりとされている。
東北最大の河川・北上川の河口から上流10数キロまで広がる日本有数の葦原 (よしはら) 群落。川面を渡る風が葦を揺らし奏でるハーモニー。その音は「日本音風景百選」にも選ばれている。北上川の葦は淡水と海水が混じる汽水域で育つため、硬くて丈夫で美しい。その葦を管理し育て、文化財や寺社の茅葺屋根の葺き替えを行う人々がいる。また葦原は、多くの昆虫や鳥の生息場としての働きや水の浄化作用といった自然環境を守る上で大きな役目を果たしていることから、「北上のヨシ原を守る会」も作られ、葦と人間の新たな関係が生まれてきている。
サメの水揚げ日本一そしてフカヒレ生産高日本一の気仙沼市。元々、サメはマグロ漁の副産物であったが、大量のサメが獲れる事から、気仙沼でサメの加工が行われるようになった。フカヒレの製造は、江戸時代末期と言われており、その品質の高さから中国料理の本場香港や中国にも輸出されている。上質のフカヒレを作り上げるのは、室根颪 (むろねおろし) と呼ばれる冬の北西の風。風に吹かれるサメのひれは、フカヒレに生まれ変わる。そして世界一のフカヒレに仕上げるのが、熟練の職人技。皮剥ぎから仕上げまで全ての工程が手作業で行われる。
厳冬期、宮城と山形の県境にある蔵王の山々で見られる「樹氷」。アオモリトドマツが自生している事、ある程度の降雪と大陸からの湿った偏西風が強く吹きつけるなど幾つかの条件を満たす限られた地域でしか見られない貴重な自然現象。しかし、美しきスノーモンスター「樹氷」に、ここ数年大きな変化が起こっている。温暖化と酸性化した雪である。このまま環境が悪化すれば蔵王の樹氷は、数十年後には消滅するとの研究報告もある。
明治21年に建てられ、昭和48年まで使われていた旧登米高等尋常小学校、現在の教育資料館。設計したのは宮城県の技師山添喜三郎で、校舎は中庭を囲んだコの字型、両端には六方と呼ばれる昇降口、中央には玄関とベランダ風の開放的な片廊下と欧米様式のバルコニーという当時の洋風学校建築を代表する建物で、国の重要文化財に指定されている。登米市には、このほかにも明治を偲ばせる建築物が点在しており、宮城の明治村と呼ばれている。
100万都市仙台の中心街。ビルとビルの間に挟まれた路地に今なお残る昭和の香り。仙台空襲の復興のシンボルとして誕生し60年余り市民の市場として時を刻んできたいろは横丁。しかし老朽化や防災上の問題が浮上し、幾度となく再開発の話が取りざたされている。急速な近代化、都市化によって姿を消しつつある小さな店が軒を並べる路地や横丁だが、その人情味溢れるぬくもりは、多くの人を引き付けてやまない。