ボードレールに心酔する少年、春日高男。抗いきれぬ衝動のままに、密かに想いを寄せる佐伯奈々子の体操着に手を掛けたその時から、彼の運命は大きく揺れ動くことになる。その行為の一部始終を目撃した、仲村佐和の手によって…。閉塞的な小さな街の中で、鬱積してゆく思春期特有の若者たちの激情はどこへ向かうのか。これは誰もがいつかは通る、あるいは既に通り過ぎた、思春期の苦悩と歓喜との狭間で記される禁断の青春白書である。
エピソード1
第一回
息が詰まるやうなこの小さき町の片隅で 崇高なる書物の内に響き渡る叡智の羽音だけが おれの精神(たましい)に安らぎと尊厳を与える。 ああ、だが、きみよ、 おれの運命の女よ、 静謐な賢者の柩をこじ開けて その馨しき禁断の蕾が零れ落ちるとき、 陰鬱な戀の火焔が揺蕩ひて 狂はむばかりの堕落へとおれを追ひ立てるのだ。
エピソード2
第二回
見よ、街を灼き尽くさんと 地平線にその身を横臥へる太陽が おれを嘲笑つてゐる 見よ、四方八方を取り囲む山々が 凍えるやうな冷酷さをもつて おれを罵つてゐる 悪魔に魂を売り渡し、聖女の上衣(ローブ)を踏み躙つたおれを。 清廉潔白の民よ、さうだ、罪深いおれを赦すな もとより逃げ場のないおれだ この堅牢な檻の中で 我が最愛の悪徳に誓ひをたてよう。
エピソード3
第三回
万物に平等に降り注ぐはずの朝日にさへも わが魂は見放された。 一片の光輝(かがやき)すらも届かぬこの深淵では 疑念と欺瞞が呪ひのやうに渦巻ゐて、 哀しき戀の亡霊が 沈鬱な執行人さながらに 粛々と 黒光りの断頭台へとおれを誘ふ。 身動ぎもせず祈りを捧げる清らかなる乙女よ、 無慈悲な別れの其の瞬間に 愛しきお前の憐憫をのみ、おれは請ふだらう。
エピソード4
第四回
夜な夜な現れては消える、 青い夢の女、我が天使 あなたの其の聲、其の匂ひ、其の微笑みに、 癒されてゆく我が魂 我が恐るべき情熱 如何に人々が我を蔑まんとも、 幸福と光に盈ち溢れた我が天使よ、 絶望に打ちのめされたこの憐れな瀕死の男に ひとたび貴女の瑠璃色の慈愛が投げかけられれば 朽ちかけた命の炬火すらも蘇り、亦、輝きを取り戻す。
エピソード5
第五回
耀きわたるこの大空の下で 剣呑さの欠片も感じさせぬ、浮かれたこの日曜の町中で 今この瞬間にも、 悪魔めが、おれを誑かさんと手薬煉を引ゐておるのだ この皮一枚の下には、 おれ自身にすらも制御の出来ぬ恐ろしい獣が居て、 隙あらばおれの内側から破つて出でて、 この世の惡業の限りを貪り尽くさんと 虎視眈々と機会を窺がつて居るのだ。
エピソード6
第六回
苦腦、恥辱、後悔、啜り泣き、 おれの魂を腐蝕させてゐるすべての闇を 愛し君、我が戀人よ、お前は知つているだらうか? お前がその美しく白い腕(かいな)でおれを抱くとき、 お前がその純真で高潔な胸の中でおれを思ふとき、 おれはおまえを欺ひてゐるに等しいことを とは云へ、おれには、 真実のおれをおまえに打ち明ける勇気がないのだ。
植田慎一郎
伊瀬茉莉也
日笠陽子
松崎克俊
上村彩子
長濱博史
伊丹あき
森山敦
鈴木伸育