風味巡礼 ～中国から世界を味わう～

地理的条件が違えばそこに暮らす人々の生活も大きく異なる。砂漠、平原、山、そして海。中国は、その環境も気候も実に変化に富んでいる。人々は自然の摂理に従い、食べ物から力を得る。新疆では遊牧民が季節ごとに牧場を移り住みながら、ヒツジや馬肉を使った伝統料理を作る。安徽省の南屏村はハムの名産地で、春節のために1年前からハムづくりを始める。また、中国とは異なり、スペインでは酒蔵でハムを干し、生でいただくのだ…。

今回のテーマは穀物。麦と米だ。小麦はイランから中国に伝わり、それから長い歳月を経て進化した。人は引いた麦 (小麦) に水を混ぜて生地を捏ね、焼いてパンを作ることを覚えた。イランでは小麦を原材料とした大きくて薄い紙のようなパンが人気だ。一方で遠く離れた中国でも、職人が熱した小石を使い、イランのそれとよく似たパンを焼いている…。米や麦は、国境を超えて世界中を旅し、その土地々々で新しい食文化を築いている。

今回は火や水といった媒介を通して、人類の調理がどう変化してきたかを掘り下げる。火を起こし、道具を使うようになった人類は、土地々々 (とちとち) で異なる味を生み出し、時代がそこに変化を加えた。新疆のロプノールや雲南に暮らす白族は、いまだ火を使った原始的な調理方法を行っている。モロッコでは水が貴重なため、少量の水だけで食材を煮込むことができるタジン鍋が生まれ、いまも活躍している。移りゆく歳月の中で、人々は食べ物から世界を知り、食べ物を通して過去を振り返るのだ。

食べ物が「料理」と呼ばれるとき、その裏には、人の手による様々な工夫、作り手の内に秘めた思い、千変万化 (せんぺんばんか) する風味が存在する。中国各地で愛されているピータン。独特の臭いを放つこの卵は、土の中でひと月ほど眠らせて変質させている。スウェーデンにはその臭いで知られるニシンの缶詰、「シュールストレミング」がある。「発酵」という手段が食卓に豊かな風味をもたらしているように、料理人たちは試行錯誤を重ね、食べ物をより美味しくする工夫をしているのだ。

料理の世界で苦労を乗り越え、切磋琢磨する料理人たちがいる。湖北では、ザリガニレストランを営む人と屋台村で働く人、それぞれの苦労がある。南京と北京、師弟関係を大切にするベテランシェフが中華の真髄を伝授している。香港では、経営者から料理人に転じた香辛料の達人は、今では一皿、一皿の料理だけを大事にしている。厳しい食の世界で、料理人も経営者も、それぞれ苦労を重ねながら、着実に前へ進んでいる。

アジア原産の香辛料は、中国で古くから伝わっている。その代表となるチュウゴクザンショウは、塩と合わせ肉を漬け込む時に使われる。中国随一の激辛として知られる「しゃぶしゃぶ唐辛子」は、素材にくぐらせるだけで十分な辛味を放つ。さらに、独特な辛味と清々しい香りを持つニラ、最古の香辛料と言われるショウガ、煮込み料理に欠かせない八角…料理の脇役として味を添える香辛料は、時には作り手にとっては生活の全てである。