27年間プロテニス界に身を置いたセリーナ・ウィリアムズが、最も意義深いグランドスラム出場についての個人的な話も交え、自身のキャリアの節目を詳細に振り返る。
アウト・オブ・ザ・シャドウ
コンプトンの市民コートでテニスのキャリアをスタートさせた17歳のセリーナ・ウィリアムズ。苦境を乗り越え、注目を浴びる偉大な姉ビーナス・ウィリアムズの陰でプレーする20年近くを経て、1999年の全米オープンでグランドスラム初優勝を達成する。
イントゥ・ザ・ライト
セリーナが初のグランドスラムを追い求めて奮闘する一方、ビーナスは2年間で4つのメジャータイトルを獲得する。セリーナはやがて調子を上げてくるが、それは世界のトッププレーヤーである姉との直接対決を意味する。勝者になれるのは1人だけである。
ポイント・オブ・ノー・リターン
姉のイェツンデ・プライスの悲劇的な死後、セリーナは悲しみと絶望に打ちひしがれ、ランキング100位圏外に脱落してしまう。セリーナは2007年の全豪オープンに出場し、そこで自分の感情と厳しい競争に立ち向かう。
ザ・ディープ・エンド
テニスでの孤独がセリーナに影響を与え始めたため、彼女は新しいチームの助けを借りて試合に強くなろうとする。チーム・セリーナは、生命を脅かす健康問題から復活したセリーナを、2011年の全米オープンに向けて団結して支える。
ザ・パーフェクト・ストーム
グランドスラムの1回戦でキャリア初の敗退を喫した後、セリーナはパトリック・ムラトグルーという新しいコーチを雇う。セリーナは自分のキャリアを、友人であるロジャー・フェデラーのキャリアと重ねて回想する。
エクソダス
セリーナが、自身と家族にとって辛い思い出のあるトーナメントであるインディアンウェルズに復帰する。セリーナとその姉たち、そしてメアリー・ジョー・フェルナンデスが、セリーナが14年間インディアンウェルズへの出場を拒否するきっかけとなった出来事について、当時の体験を語る。
セリーナ・ウィリアムズ
Victor Buhler
ゴータマ・チョプラ